スカイツリーの南、荒川の西
アラフォーを手前に控えて小さな夢をかなえることができた。とうとう東京の下町に住み始めたのだ。
10年ほど前に上京してから下町が好きになった。おれが生まれ育った町は地方のニュータウンで、歴史や時間のにおいがしない人工的に整備された土地だった。
大学に進学することが決って東京に住み始めて驚いたのは、浅草みたいに典型的な下町だけじゃなくて中央区の川沿い海沿いみたいにタワーマンションと昔からの戸建てや木賃が同居している街があることだった。『3月のライオン』みたいて素敵な街だなと思えた。上京してすぐに住んでいたのは学生街だったけど、そうした住んでみたい場所と出会えて東京がますます好きになった。
いつかは下町に住みたいという思いは強くなって、でも、働き始めて住んだのは戦後に開発された東京の西の住宅街だった。とはいえ転職とそれにともなう転居でそうした気持ちが偶然形になった。住み始めたのはスカイツリーの南、荒川の西の錦糸町・住吉を中心としたエリアである。
なんで下町が好きなんだろう。きっと、幼い頃にできなかった歴史を感じられる生活がしたかったからだと思う。現在と歴史が同居している方が後者は際立つよね。だから、スカイツリーのふもとで、いつでも現代的な技術を感じられて、同時に古い町並みを感じられる場所が良かったんだろう。
スカイツリーの南は関東大震災後の復興計画で町が碁盤状に整備されている。もっと南に行けば湾岸の開発エリアにたどり着く。下町なのもあって銭湯がたくさんある。銭湯に行けば反社と力士に会える。すごい、歴史を感じられる。浅草もふとだけど家賃がちょっと高いんだよ。
また、荒川を西側の墨田区・江東区から眺めたときに見られる風景をどうしても生活の中に取り込みたいという気持ちがあった。細田守版『時をかける少女』のラストシーンのモデルとなった場所で、すれ違う登場人物の気持ちを象徴させた中央環状線が見える荒川の河川敷がある。この場所に来るたびに10代の自分の気持ちを思い出すことができる。
こうして下町に住み始めて実感したのは、ああ、自分は都会で忘れられたような場所に住みたかったんだなっていうことだった。下町のタワーマンションよりも、開発から取り残された場所に住みたいんだ。なんというか是枝裕和作品で例えると『空気人形』『万引き家族』にでてくるような町です。
そうして無職なのに早く起きて夜遅くまでタスクをこなし、深夜の帰り道でスカイツリーを見て元気をもらっています。
それでも、夢みたいな生活をさせてもらってるって胸を張って言える。